古東海道 を探す


星谷寺街道
自宅の近くを鎌倉街道上の道が通っているのでその周辺を歴史散歩しているのだが、武蔵国府(府中)と相模国府(たぶん海老名)を結ぶ古東海道も近い事を知る。この周辺はそれと知らず怪しいカメラのテスト撮影で以前お散歩していた道でもある。古東海道は西暦700年〜1000年ごろの道なので、鎌倉街道のようにははっきりと位置が判っていない。律令国家が整備し定めた街道の駅も、相模の国内は曖昧で定かではない。国府の位置もはっきりしていない。ただ、海老名市に国分寺と国分尼寺跡がありこれはほぼ確定しているので、この近くに相模国府と駅(浜田)があったと推測するのは至極当然なような気がする。ただまあ、自然災害等の影響で、国府や駅の場所は何度か移転したのだろう。浜田駅(海老名市)もしくは夷参駅(座間市)から北上して相模原市、町田市を通って府中に至る古東海道は、ほぼ確定していて、現在も街道が残っている。浜田駅から延びるもう一本の古東海道は、店屋駅、大井駅と続くのだが、店屋(まちや、みせや)の駅は、町田市町谷(まちや)周辺、もしくは横浜市瀬谷(せや)等の説があり、確定していない。まあ、大体現在地名からの推測が多いんだけど、語呂合わせみたいなところがあって、どうなんだろう?で、まあ、今回は、町田市町谷(店屋駅)と座間市入谷(夷参駅)を結んだであろう道を、地形情報や明治時代の測量図の古道などから推測して、実際に歩いてみた。明治時代の古道は意外なほどはっきりと現在も道は残っていたのだが、うーん、やっぱ違うな。駅の位置が違うような気がする、やはり海老名市(浜田駅)と横浜市瀬谷(店屋駅)を結ぶ道のほうが有力な気がする。今度はそちらを歩いて確認してみたい。

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